第5章 魔物の王
大きなベッドにはクッションが二つずつ。そう言えば二人のお部屋だとナグル様が言っていたのを思い出した。
「ルナール様?」
どうしてベッドに来たのだろう。調子でも悪いのだろうか。私は心配になってルナール様のお顔を覗き込んだ。
「…良い匂い」
するとルナール様が身を乗り出して来て、私は驚いて後ろに下がった。
「良い匂いが、する」
「わ、わわっ、きゃあ!」
更に近付いてくるルナール様から逃げようとしたのだけれど、後ろにあったベッドに阻まれた。背中からベッドへと倒れて体がスプリングで跳ねた。
「良い、匂い…」
ルナール様がベッドへと上がってくる。私は肘と足を使ってベッドヘッドへと逃げた。でも一番上までたどり着いてしまうともう逃げ場は無くて、ルナール様に顔の横に手をつかれて追い詰められてしまった。
「あ、あの、ルナール様?」
「良い匂い…」
ルナール様が私の胸元に顔を近付けてクンクンと鼻を動かした。
「甘い…良い、匂い…」
そう言われて虫の国でお花に囲まれて過ごしていたのを思い出した。
「そ、れは、虫の国で…ひゃあ!?」
ルナール様が私の胸に顔を押し付けて来た。ルナール様の重みを感じる。驚いて声を上げてしまった。も、もしかして、ルナール様は今からスるつもりなのだろうか。
そんな、急に…ううん、でもそれが私のしなくちゃいけない事なんだから駄目な訳では無いのだけれど…
「ル、ルナール様、あのっ、その、駄目じゃ無いんですけど、その、その…」
覚悟が、と口にしてルナール様から反応が無い事に気が付いた。
「…ルナール様?」
返事も無くて、ピクリとも動かない。しかも何だか…
「……」
スゥと寝息が聞こえて来た。
えぇ?!寝てる?!
どうやらルナール様は寝てしまったらしい。寝顔があどけない。長い睫毛が僅かに揺れている。その気持ち良さそうな寝顔に私は自分が早とちりしてしまったことを知って恥ずかしく思った。
それにしても、動けない。動いてしまうと私の胸に頬を預けて気持ち良さそうに眠るルナール様を起こしてしまうし。
どうしたものかと固まっていると、私の口から大きな欠伸がもれた。
そう言えば昨夜もキリヤ様と遅くまでお話していたし、緊張もしていたので疲れていたみたい。
ちょっとだけ、と言い訳をしながら目を閉じると疲れた体は眠りの中へと沈んで行った。