第2章 悪魔の王
「今日はゆっくり休むと良い」
そう言ってアダマンド様は仕事へ出かけた。昨日噛まれた首元を手で探ってみたけれど、痕も何も残っていない。体も何処も異常はなくて、貧血も無い。だからアダマンド様に掃除でも何でも働きます、と言ったのだけれど「そなたは私の妻なのだから、その様な事はしなくて良い」と言われてしまった。そう言えば私、唇にキスされたんだ…思い出して顔が赤くなった。
「ここはアダマンド様のお部屋です。自室にお戻り下さい」
着替えを持ってきてくれた召し使いの人に服を着替え終えたタイミングで部屋を追い出されてしまった。
どうしよう、自分の部屋が分からない。昨夜は召し使いの人の後ろをついて歩いていただけだったので、道を覚えていなかった。
「あの…」
アダマンド様の部屋を整えていた召し使いの人に聞こうとしたのだけれど、私の声が小さくて聞こえなかったのかそのまま足早に何処かへ行ってしまった。
「どうしよう」
このままでは埒があかないと思い、私は自力で自分の部屋を探すことに決めた。
昨日の記憶を頼りに歩き出した。
それが思ったより楽しかった。廊下を歩くと、見たこともない豪華な装飾品や絵画が並んでいる。
「わぁ、凄い!本が沢山!」
勝手に扉を開けてはいけないだろうけど、時々開いている部屋を覗いてみた。見るもの全てが珍しくてワクワクした。
でも次はどんな部屋なのだろうと足取り軽く歩いていたのも最初の内だけで、人が多い場所になるとそんな気持ちも萎んでしまった。
「ちっ、何でこんなとこに人間が居るんだよ」
「ほら、あれよ。アダマンド様の…」
すれ違うと明らかに舌打ちしてくる人や、こちらを見てヒソヒソと何かを話している人達が居ることに気がついた。それはけっして好意的な物では無くて、私を見てくる目が冷たくて蔑んだ様な、そんな色を浮かべている。
「家畜の分際でアダマンド様と…」
私は居心地が悪くなって逃げ出した。走りながら周囲を見回す。見る人全ての頭に角が生えていた。
私みたいな角のない人間は一人もいない。
「はぁ、はぁ…」
私はもう人間界には帰れない。ここでアダマンド様や他の王子様の子供をずっと産み続けて…
「っ、う、うう…」
泣きそうになって私は側の部屋に飛び込んだ。幸いなことにその部屋は空き部屋だったみたいで、私は座り込むと声を抑えて泣いた。