第4章 虫の王
浴室から出ると召し使いの人が来て、キリヤ様の体を拭いた後に肩へと布を掛けた。そして抱かれたままの私の体も拭かれて布が被せられ、キリヤ様は布一枚のまま歩みを進めて脱衣所を出た。
「キリヤ様」
「オルガか、部屋は変えた?」
「はい、指示された通りにお部屋を移し…っ」
オルガが慌てて口と鼻を手で覆った。そして数歩後ずさる。それを見たキリヤ様が僅かに笑うと私を抱き締めた。
「オルガお前も分かる?凄く良い匂いでしょ?」
キリヤ様が私の髪に鼻を押し付けてスンスンと匂いをかいだ。
「…僕のだから。もし手を出したら…殺すよ?」
キリヤ様の言葉にゾワッと産毛が逆立った。言葉に込められた殺気にキリヤ様が本気なんだと理解した。オルガが道を開けると膝を付いて恭しく頭を下げる。
「私はお二人が幸せになられますよう、誰よりも願っております」
「オルガ…」
この国に来てオルガだけが私を支えてくれた。今こうやってキリヤ様と仲良くしていられるのもオルガのお陰。
「オルガ、有難う」
「様…」
僅かに顔を上げたオルガと目が合った。そしてお礼を言って笑いかけるとオルガも笑い返してくれた。行くよ、と再び歩き出したキリヤ様にオルガが再び頭を下げた。
──様が幸せなら私は…
ふと、何か聞こえたような気がしてキリヤ様の肩越しにオルガを見た。でもオルガは既に廊下の反対側へ歩き出していた。
「何、どうしたの?」
「…いえ、何でもありません」
オルガの声が聞こえたような気がした。その声は何時もの涼やかな透明感のある声ではなく、ほの暗く闇を孕んだ様な低い声。
私はそこまで考えて頭を左右に振り、嫌な想像を追い払った。
「何処に行くのですか?」
「僕の部屋」
「キリヤ様のお部屋ですか?」
キリヤ様の部屋と聞くと、虫人の女の人との行為を見せられた部屋を思い出した。良い思い出では無いだけに、気が進まない。でも私は我が侭を言ってはいけないと自分に言い聞かせた。
「はい、ここ。取り敢えず最終日までお前はここで暮らすこと」
以前に来た部屋とは違う場所の様な?開けられた扉を潜ると内装も違うし。やっぱり違うお部屋みたい。
「この部屋は執務室と繋がってるから少し手狭なんだけど、今日からここが僕とお前の部屋」
そう言ってキリヤ様が私をソファーへと降ろした。