第4章 虫の王
キリヤ様から言われた内容が理解出来なくて聞き間違えかと思った。呆けた表情の私に気付いたのか、キリヤ様の顔が一気に不機嫌なものになる。
「だから、臭いのはお前じゃなくて僕だって言ってるんだよ!」
もう一度言われても、私はまだ理解出来なくて。
「えっと、では私は臭く無い、のですか?」
「っ…」
「私が臭いから、キリヤ様のおそばに行けないのでは無いのですか?」
「だからっ、違うって言ってるでしょ!?」
ぶっきらぼうに、半ば自棄になっている様にも見えるキリヤ様の言葉をやっと理解して全身から力が抜けた。
「あ、あはは……」
何だか笑いがもれたその後、今度は怒りが込み上げて来た。私は拳を握るとキリヤ様を睨み付けながらズンズンと花畑の中へと入っていく。
「ちょっ、ちょっと、何勝手に近付いて来てるのさ?!」
キリヤ様が慌てて後ろに下がった。でも座っているせいで後ずさり位だから直ぐに追い付いた。キリヤ様が顔色を青くする。私は身を屈めると、鼻を突き出した。
「っ!?」
キリヤ様が体を強ばらせ目を瞑っている。私はキリヤ様の匂いを嗅いでみた。
草の香りがした。雨上がりの芝生の、湿った土と緑の混じりあった香り。凄く落ち着く香り。何時か夢の中で嗅いだ香り。
「この匂い…キリヤ様の香りだったんですね」
私の言葉に反応してビクリと体を揺らすキリヤ様。
「深い森の中に居る様な、とっても落ち着く匂いです。私は好きですよ」
そう言うと、キリヤ様が怯えた様にゆっくりと目を開けた。目線が重なって私はキリヤ様に笑いかけた。
「キリヤ様は臭くなんて無いですよ?」
キリヤ様が驚いた様に目を見張った。
「僕が王だからお世辞を言ってるんじゃ無いの?」
疑わしげな視線を向けられて、つい吹き出して笑ってしまった。笑わないでよ、と口先を尖らせるキリヤ様。私はもっと身を乗り出してキリヤ様の首元に鼻を埋めた。そして大きく息を吸い込む。
「お世辞なんて言いません。私はキリヤ様の匂い、好きです」
「っ!」
すると、キリヤ様も私と同じ様に私の首元に鼻を押し付けてきた。そしてクンクンと鼻を鳴らすと、照れた様に頬を染めて目を伏せた。
「僕も…お前の匂い、嫌いじゃないよ」
初めてこんなにキリヤ様を近くに感じる事が出来た。そして心も確実に近付いたと思えたのだった。