第4章 虫の王
私が寝ていたのは一日と少し。もう夜の闇が迫っていた。
昨日、血だらけの私を部屋に運んでくれたのはキリヤ様だった。そして心配してくれたのか、不貞腐れた顔で部屋の隅に椅子を置いてずっと私を見守っていてくれたらしい。
「キリヤ様は、間違い無く様が気になっておいでですよ。ただ…素直な性格では無いのです」
そう言ってオルガは色々な事を教えてくれた。
街に出掛けた時、キリヤ様は凄く反対していたらしい。でも自分が居れば大丈夫と軽く考えて私を外へと連れ出したオルガは、私が危ない目にあってキリヤ様にたいそう怒られたらしい。
私が食べやすく栄養が取れる様にとご飯の献立を考えてくれたのもキリヤ様。
ブルマーと体操着を着て運動していた私を見かねて、ジャージを用意する様に指示してくれたのもキリヤ様だった。
それを聞いて思い出してみると、キリヤ様は私に意地悪をしながらもさり気なく助けてくれていたのかもしれないと思い当たった。裸で皆の前で足を開けと言われた時。酔った蜘蛛の虫人に襲われかけた時。
そして何より昨日、私を助けてくれた。
私がキリヤ様を信じられなかった。信じる事が出来なかった私の弱さを後悔した。
キリヤ様に会いたい。
部屋に行ってもキリヤ様は居なかった。他に私の心当たりと言えば一箇所しか無い。庭を横切り花が咲き乱れる花壇を抜ける。すると夜の闇に薄ぼんやりと浮かび上がるチリの花畑が有る。
その中にキリヤ様が居た。
「キリヤ様…」
キリヤ様を呼んだ。小さな声だったけれど、夜の闇に沈んだ庭は虫の声以外は静かで、そんな声でも十分に届いた。
振り返ったキリヤ様が私を見て大きく吐息をつく。
私は近くに寄ろうと花畑に足を踏み入れた。
「近寄らないで!」
強く言われて私は足を止めた。
「おそばに行っては駄目ですか?」
「駄目!」
私は一度大きく深呼吸をすると問いかけた。
「おそばに行ってはいけないのは…やっぱり私が臭いから、ですか?」
やっぱり私はキリヤ様のおそばに居る事は出来ないのだろうか。ちゃんと聞かなくちゃいけない。聞いて、考えなくちゃいけない。私はどうするべきなのか。
真っ直ぐにキリヤ様を見詰めて返事を待つ。
キリヤ様が口を開きかけて一度口を閉じた。そして私から視線を外すと小さく口にした。
「お前じゃ無い、僕が…臭いからだよ」
