第4章 虫の王
「やっと見付けましたぞ王妃様」
私の口を塞いだ蜘蛛が私の首元に鼻を押し付けて、クンクンと匂いを嗅いだ。
「せめてと王妃様のお部屋の近くを通ったら、あの蛾が邪魔で…あの蛾が…邪魔な…邪魔な…っ」
男がいらいらと苛立っているのが分かる。助けを呼ぼうとしても口は押さえられて、何とか男から逃げようと身を捩っても大した抵抗にはならなくて軽々と抱え上げられてしまった。
「まぁ、構いません。私がこれから王妃様を清めて差し上げるのですから」
ニヤリと口の端を上げた蜘蛛の虫人にゾゾッと寒気が走った。駄目、きっとこのまま連れて行かれてしまったら大変な事になる。私は必死で暴れた。
「あぁ、駄目ですよ。これは王妃様がキリヤ様に好かれる為の大事な事なのですから」
私は嫌で力一杯暴れた。男はその様子に我慢が出来なくなったのか舌打ちをすると、私の頬を力一杯に殴った。余りにも力が強過ぎて私は廊下に叩きつけられると、弾んで側の壁に背中を打ち付けた。私は一瞬の出来事に何が起ったのか理解出来なかった。でも頬がジンジンする。口の中も鉄の味がして…頭がクラクラする。
「あうっ、あ…ぁ…」
「っ!あぁ、申し訳ございません!」
男は我に返ると、力無く項垂れる私の前に膝をついて頬へ触れた。
「あぁ、柔らかな頬が…お可哀想に」
男はしおらしく申し訳なさそうな表情をして優しく頬を撫でた後に、また口元を引き上げて笑った。
「でも、暴れる貴女様が悪いのです」
男の手からスルスルと糸が出た。それは何重にも巻き付いて私の口元を覆い声を奪い、手足に巻き付いて動きを止めた。男は力を無くした私を抱き上げると、髪へ優しく唇を押し当てた。
「ご安心くださいませ。王妃様を綺麗にして差し上げるだけですから…そうすれば臭いも無くなります」
「っ、ぅ…」
私は恐怖に動かない体の代わりに涙を流した。ひっひっと引き攣るように呼吸が鳴る。何でこんな事になっちゃったのかなぁ。私はただ、キリヤ様と仲良くなりたくて…
「綺麗になれば仲良くなれますよ、キリヤ様と」
男が私の思考を読んだかの様に返事をした。仲良くなる為には綺麗にならないといけないの?この人の言う通りにしなくちゃいけないの?
また涙が溢れ出した。
「あぁ、泣かないで下さいませ王妃様…」
私を抱えた男がゆっくりと城の奥へと歩き出した。