第4章 3月。
背中からかけられた声に身体が強張って、ひな人形を強く抱きしめた。
泣いたまま何も答えない私に、彼は穏やかな声で尋ねてきた。「お雛様じゃないって、どういう意味?」
聞かれてたんだ……。
「何でも、ない、です……」
精一杯言葉を絞り出す。
「何でもなくないだろ。俺のお雛様って、どういうこと?」
いつも自分の事を僕と呼ぶ賢一さんが俺と言うことなんて一度もなかった。怒ってるんだ。怖いよ……。
「私……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ひたすら謝り続ける私からひな人形を取り上げて床に置き、賢一さんは顔を覗き込んできた。
「唯。怒ってるわけじゃないんだ。僕は唯の考えていることが知りたい。怖がらなくていいから、教えてくれないか?」
切れ長の瞳は困ったように目じりを下げて、真っ直ぐに見つめてくる。
賢一さんも、私の事が知りたいの?
本当に、思っていることを言ってもいいの?
それでもまだためらう私は彼の腕に引き寄せられて、砂糖菓子のように優しく包まれた。