第4章 束の間の休息
「あるじー、馬一頭いないんだけど」
そう言ってひょこりと顔を覗かせたのは、蛍丸だった。
厩の馬の世話をしてくれていた蛍丸のその言葉に、男と石切丸は顔を見合わせる。
「どいつがいないんだ?」
「花柑子」
「あー、確か昨日兼定が乗ってった子だな。まあどたばたしてたから、つなぎ忘れたんだろう」
「どうする?」
「もう少し待って戻ってこなかったら、手分けして探すか」
「りょーかい」
そう言うと再び厩に戻っていく蛍丸の姿を見送る。
姿が見えなくなったところで、再び男は呪いの話を再開した。
「一期が言ってたんだけどさ、全員が少なからず呪いを受けてたって」
「その通りだよ」
「それももう、大丈夫なわけ?」
「うーん、それが何とも言えないんだけどねぇ」
石切丸は困った様に笑ってから、説明を始めた。
「そもそも、私たちは自分に呪いがかかっていることにすら、気づいたのは歴史修正主義者がまだいたと聞いた時だった。情けない話だ。…一期や和泉守なんかは早くから気づいていたから、別かもしれないが」
そう言って目を伏せる石切丸からは、意識しないと分からない程度の悔しさが滲んでいた。
「恐らく、彼女の部屋にあったお香が原因だ。今思えば胸糞悪いものにしか見えないが、気づかない時は甘い中毒性のある香りだった。焚かなければ意味をなさないものだし、あとは呪いが抜け切るのをまつだけだよ」
「そっか…」
頷きながら、男は和泉守兼定の言っていたものがなんだったのかようやく知る。
石切丸によれば、それによって歴史修正主義者の気配を辿ることも、他のものの神気を感じることも出来なかったらしい。