第3章 暗れ惑う
「なら、私のことを見逃して欲しいの」
柚子は、大人びた声で表情でそう言う。
男はそれに頷きそうになって、寸でのところで止まる。
彼女を見逃すわけにはいかなかった。許すわけにはいかなかった。
「それは、できない」
「なんで?」
「…君は、歴史修正主義者だろ。俺たちの敵だ」
「じゃあ、これがどうなってもいいの?」
そう言って、柚子は短刀をぷらぷらと揺らす。
男は唇をかんだ。
つまり、五虎退は人質だ。
下手に動いたり、要求をのまないようなら、きっと五虎退は折られてしまう。
どうするのが一番いいのだろう。
男が黙りでいると、柚子は男に近づきながら言葉を紡いだ。
「私だって、困ってるんです」
その声や口調は、男の知っている柚子のものだった。
「本当はこの本丸を潰さなきゃ、…いけなかったのに」
ワントーン落ちたような沈んだ声が演技なのかそうでないのか、男には見分けがつかない。
ただ五虎退をどうすれば奪い返すことができるか、思考を巡らす。
「もう、私には時間がない……」
その言葉に、男は思わず思考を停止した。
今の言葉だけは、きっと柚子の本音であると分かったから。
幾度か迷ってから、口を開こうとした時。
男の耳に鋭い声が聞こえてきた。