第3章 暗れ惑う
男はそこまで推測して、柚子の手に短刀が握られているのに気づく。
目を凝らしてみれば、それは見覚えのあるものだった。
「ご、こ…たい……?」
ほとんど無意識に溢れた単語に、男ははっとする。
そうだ。あれは間違いなく、五虎退である。
しかしなぜ姿が見えない?
疑問に思うより早く、男は足を動かしていた。
和泉守兼定が制止する声を上げるが、気にしてられなかった。
男は柚子のすぐそばまで行き、彼女の手を掴もうとして、そばに控えていた歴史修正主義者に腕を掴まれる。
長い爪が男の皮膚に食い込む。
折れてしまうのではないのだろうかと思うほどに力を込められ、口からはうめき声が漏れた。
あるじさま!と今剣が悲痛な声で叫ぶ。
今剣のそんな声を聞くのは初めてだった。
「は、なせ…!」
男は抵抗するが、相手は歯牙にもかけていないようだった。びくりともしない。
「これ、返して欲しい?」
涼やかな声で、柚子が問う。
歴史修正主義者が現れてから、初めて聞く言葉だった。
男は悲しみとも憎しみともつかない気持ちに顔を歪めながら、抵抗をやめ静かに頷いた。