第3章 暗れ惑う
「手、離してくれ」
発した声は、男が普段鶴丸国永に愛を吐く温度と同じものだ。
すると、鶴丸国永は呪いがかかっているにも関わらず、男の頭を押さえている手からゆっくりと力を抜く。
刀はまだ、喉元にあてられたまま。喋ったせいで肌に刃が埋もれた。
傷つけられた箇所だけが嫌に熱く、じんじんと痛む。
痛いけれど、我慢しろ。
きっと、意識が戻った時、誰より辛いのは鶴丸本人だ。
鶴丸は優しいから。人の心に、人一倍機敏だから。
男は自由な右手を動かして、するりと鶴丸国永の頬を撫ぜた。
視界の端に薄ピンクの髪が見えると、そのまま他に意識が移らないようにと両手で彼の顔を自分に近づけ、噛み付くようにキスをする。
無理に動いたせいか刀がより一層肌に食い込むのを感じながらも、男はキスに集中する。
目を見開いて固まる鶴丸国永の手からは力が抜け、首に当てられていた刀はカランと音を立てて彼の手から落ちた。
今だとばかりに、鶴丸国永の背後で待機していた乱藤四郎に目で合図を送れば、乱藤四郎はその意図を正しく汲み取る。
一つ頷くと、少女のような可憐な姿をした少年は、そのスカートをひらりと舞わせながら地面を蹴った。
宙で短刀をくるりと持ち替え、絶妙な力加減で鶴丸国永のうなじ辺りを柄で殴る。
するとその瞬間、鶴丸国永の身体からは力が抜け、男の上に覆い被さるように倒れた。意識を失った証拠だ。
自らの上に倒れてきた重みを思いながら、男はようやく安堵のため息を吐く。
「…ばかやろう」