第3章 暗れ惑う
報告書を書く手を止めていれば、今日の近侍である一期一振が心配気に男を呼んだ。
「主、どうかなさいましたか?」
男はその声にはっとして、意識して肩の力を抜く。
「ああ、いや、大丈夫だ。……ただ、静かだなぁと思って」
男がそう言えば、一期一振は顎に手を当て考える素振りをした。
それから確かに、とつぶやく。
「妙ですな。少し気配を探ってみましたが、何かがおかしい」
「何かって…?」
「…何と言えばいいのか……。嫌な感じがするのです。主の神気がはっきり感じられない」
「それってどういう…」
問おうとして、しかしその言葉は遮られた。
男を襲う激しい吐き気と、同時に本丸にけたたましい警報音が鳴り響く。
身体の内側を無理矢理何かが割り込んでくるような気持ち悪さに、男は咄嗟に手で口を覆った。
何度もえづきそうになるのを耐えたせいか、目には生理的な涙が浮かんでいる。
一期一振は突然のことに辺りを警戒しつつ、男の側へ膝をつく。
「主、大丈夫ですか?」
背を摩りながら問えば、男は首を振った。
一期一振は言え知れぬ不安と焦りに駆られる。