第10章 無知と無垢
「俺たち付喪神はさ、やっぱり、人の子が好きなんだ。例えどんな酷いことをされても、憎いと思っても、大切ななにかを奪われてしまっても。同時に愛することをやめられない」
吹き出す真っ赤な血が、まるで雪の上に落ちる椿のようだと思った。
「ひとの手で作られたから、なのかな」
閉じられた瞳はもう二度となにも写すことなく、力の抜けた肢体は動くこともない。
「……どうして、生きたいと願う人ほど、消えたくないと想う人ほど、いなくなってしまうんだろうね」
鈴のような凛とした声を聞くこともなければ、雪さん、と彼女が男を呼ぶこともない。
「何度目にしても、人の死にゆく様は、慣れないなぁ…」
加州清光は、自らの過去を思い出していた。
あの時も、自分の力が足りなくて、大切で大事な唯一のひとを失ってしまった。
人の姿を得た今ならば、この手で救えるものはずっと増えたのだと思っていた。
でも、どうしても、すべては救えない。
「慣れたく、ないなぁ」
加州清光の言葉に。男はぐっと眉間に力を込める。
記憶の中にある、男と過ごした偽りの日々の中で本当の姿を探す。たった一ヶ月間の中で垣間見た、少女の本当を探す。
もう、柚子は笑うことも、ひとを恋しいと想うことも、幸せをかんじることもない。
けれど同時に、生きたいと苦しさに喘ぐことも、罪悪感に塗れることも、痛みに耐えることも、しなくていいのだ。