第10章 無知と無垢
「ころしてください」
つたない声で、柚子が言う。
「かみさま、どうかわたしを、ころして下さい」
お願いします。
そう言って柚子は頭を下げた。
こんなに、こんなに哀しい懇願が、あるだろうか。
男はあまりの苦しさから、目を逸らしそうになる。
逸らしてはだめだと、もうそばにはいない薬研藤四郎が言った気がした。
そして、そんな柚子を、鶴丸国永は正面から優しく抱きしめる。
それから肯定の返事を与えた。
「あぁ、」
その抱擁は、慈愛に溢れていた。
まるで、親が子に与えるような、無償の愛のようなもの。
ふたりの間で何度かの会話のやり取りが行われた後、鶴丸国永は自らの刀を鞘から取り出した。
会話の内容は聞こえない。
ただ、男から見える柚子の顔が一瞬驚きに染まった後で、ほんとうに控えめに、小さな花が綻ぶように笑ったから。
俺が、と、男はその場から駆け出しそうになった。
俺が、やる。
そう言いかけたのを止めたのは、加州清光だ。
彼は表情を変えずに、だめだよ、と釘をさす。