第10章 無知と無垢
胸がいたい。
男は自分の胸元を握った。
ずっと、ずっと。息を吸うたび、身体中が刺されるような痛みに支配される。
まだ、たったの17だ。こどもだ。大人に加護されるべき存在で、たくさんの愛を受けるべき存在。
辛かったろう。苦しかったろう。
この子は、ずっとひとりで頑張ってきたんだ。
頼るおとなも恐らくはいなくて、なんでも話せるような友人をつくる暇も余裕もなくて、弱音を吐き出せる場所すらなかったに違いない。
自分を知ったその瞬間から、ただひたすらに生きるためだけに時間を費やしてきたんだ。
「ゆずちゃん、」
我慢できずに、名前を呼ぶ。ふたりには、届かなかった。
「わたしを、忘れないでくれるの…?」
柚子が涙を湛えながら問う。
たまらなかった。胸が締め付けられる。
「忘れないさ」
鶴丸国永は穏やかな声で答える。
柚子の瞳から、また涙がこぼれた。
次々にあふれて止まらないそれを、男はきれいだと思った。
今まで見てきたどんな涙よりもきれいで、こころが惹かれる。