第10章 無知と無垢
「…きみが改変された歴史でしか生きることのできない存在であるなら、その歴史が正された時、きみの存在は消える。それこそ、泡のようにな。俺たち付喪神はともかく、主のような人間たちは等しくきみを忘れるだろう。きみが、きみの家族が生きた痕跡すら、無になる」
男は鶴丸国永の言葉を確認するように山姥切国広を仰ぎ見た。
頷く。それが答えだ。
そんな。
口の中だけで、小さく呟いた。
「けれど、きみが消える前に俺たち付喪神が殺して仕舞えば、それは少しばかり変わる」
「………、」
「すべての人間が、とはいかんがな。少なくともこの場にいる俺たち刀剣男士と主、そしてこの件に関わった政府の人間は忘れない。きみの存在は、無になんかならない。断言できる」
沈黙が落ちる。
柚子の瞳がゆらゆらと光を反射して揺れる。一度の瞬きで、涙がぼろりとほほを滑った。
震える声で、小さな子どもが伺うみたいにして、柚子は鶴丸国永を見つめた。
「…ほんとう、?」
ほとんど音にならなかった声は、なにもしらない子どもみたいな無防備さを含んでいた。
思わず、鶴丸国永が優しい笑みをこぼす。
「ほんとうだ」