第10章 無知と無垢
「どうして」
問う男の声が震える。
「なんで、言ってくれなかったんだ」
「…言えないよ、こんなこと」
男の問いに、柚子は泣きながら返した。
傷つけた。
男の言葉に、柚子は確かに今、これ以上ないほど傷ついている。
なぜ。男には分からないことばかりだ。
「君が言ってくれれば、俺だって方法がないかって一緒に探せた」
「私だって、私の両親だって、血眼になって探したわ」
「そんなの、分からないだろう。今からでも遅くないはずだ。どうにかして、探すから」
だから、だから。
どうか、生きることを諦めないでくれ。
口に出す前に、その言葉は鶴丸国永によって遮られた。
男の肩に置かれた左手。男が鶴丸国永を見やれば、彼は首を振った。
「主、それ以上は」
「つるまる…」
あまりに酷だ。
敢えて言葉にはしなかったが、視線が物語っていた。
男は唇を強く噛みしめる。
本当は分かっている。
この行動が、どこまでも男のエゴにすぎず、自分自身のためでしかないこと。自分ばかりが救われたくて、目の前の少女の今までを否定してしまっていること。男を主と慕ってくれている彼らを、蔑ろにしてしまっていること。
そしてなにより、本当に、どうしようもないこと。
世界は等価交換で成り立っている。
いつしか耳にした言葉だ。
なんて馬鹿げているのだろうか。
何かを犠牲にしなければ、何かを得られないなんて、あまりに残酷だ。