第10章 無知と無垢
「………きらい」
重い沈黙を破って、柚子が言葉を落とす。
男の耳に言葉が掠った。
「きらい。あなたがきらい。大きらい。にくくて、にくくて、どうしようもないくらい、心底きらい」
はっきりと、柚子は感情を見せて言った。
きらい。にくい。何度もそう言って、ついに、彼女は男たちの前で初めて泣いた。
大粒の涙がぼたぼたと地面に落ちていく。
「なにも知らないくせに。なんでももってるくせに」
男は唇を噛み締めた。
「わたしたちは、ただ生きたいだけだったのに」
柚子の言葉が、男のこころを四方八方から刺す。全身に痛みが広がった。
「そういうことですか」
今剣が納得したように頷いた。
続いて、石切丸が言う。
「なるほど、きみは改変された歴史でのみ生まれた存在、なんだね」
誰かがため息を吐いた。
やってられない、と思ったのかもしれない。
男も石切丸の説明に、まるで地面が歪むような思いだった。
自分が、自分たちが悪なのだと信じて戦ってきた存在が、実はそうではなかった時の衝撃は、想像を絶する。
無知とは罪だ。
誰かが言った。その通りだ。
無知とは恐怖だ。
何かしらの事情を抱えているのだろう、とは分かっていた。察していた。
刀剣男士たちの中には、歴史を改変したいと思ったものだって少なからずいる。零ではない。
けれど、敵対していたものから聞かされると、重みが違う。心にのしかかるようだった。