第8章 反撃の烽火
五虎退は、右手で刀を握ったまま、左手で男の手を引きただただ走った。
涙がこぼれそうになるのを、なんども堪えて。
「いやだ、やげんっ!」
男が叫ぶ。
たまらず、五虎退は足を止めそうになる。
だめだ。だめだ!止まるな、止まれば、全てが終わる。
ごめんなさい。ごめんなさい。主さま。
ボクは、ボクたちは、あなたを失うことだけは、耐えられない。
「ごこ!やげんが!なぁ、薬研がひとりで戦ってるんだ…!」
「だ、だめです!…だめです、主さま」
薬研藤四郎は、最期の最後に、囮になることを選んだ。
分かってはいたはずだった。
そうなることを良しとしたのも、その作戦に頷いたのも、男自身なのだから。
でも、それでも、二度の別れは、あまりに辛い。
だめだ、大将。
そういう約束だろう。どっちにしろ、俺っちはもう消える。
耳の奥で薬研藤四郎の声が聞こえる。
本来なら、もうすでに消えている身だ。
これが最後であると分かっているのに。
分かっていたはずなのに。
男の優しい神さまが、起こしてくれた奇跡だと、分かっていたのに。
どうしてこんなに、心臓がちぎれるみたいに痛い。