第6章 閑話休題:大倶利伽羅
「…あんたは、俺がそうだと言えば笑うか?」
一期一振は、目を見開いて大倶利伽羅を見つめる。
その後でふっと目元を和らげ、緩やかに首を振った。
「いえ、そんなはずがありません」
きっと、どの刀だって一度は考えたことがあるのだ。
人の身というのは、ひどく難儀で魅力的で、どうにも複雑だ。
刀である頃は、ただ流されるだけでよかった。
付喪神として姿形をとることはできても、自らの意志で何かを為すことはできなかったからだ。
それが今、こうして受肉し、人の真似事をするようになった。
食事をするようになった。眠るようになった。傷を負えば痛いと知った。
笑いすぎると頬や腹が痛くなることを知った。幸せな痛みを知った。幸せ故の涙を知った。
胸に灯る暖かさに幸福を覚えた。
そして、心に負う傷があるのだと身に刻まれた。
「選択を迫られるということが、こんなにも辛く難しいことなのだと思わなかったのです」
一期一振は静かに語る。
「かつての主たちも、皆そうだったのでしょうか」
それでも、選ばなければならない時はくる。
正しい選択なんて誰にも分からない。結果なんて誰にも分からない。
そんな状態で迫られる選択に、一体どれだけの人が悩むことなく答えることができるのだろうか。
そんなこと、大倶利伽羅には分からない。
前の主を思い出しても、どうとも言えなかった。