第6章 閑話休題:大倶利伽羅
「俺だって、行って欲しくなかった。行って欲しいわけ、ないだろ。でも、ああいう人だから。俺が刀として惚れた主が、ああいう人だから。だから、行って欲しくないけど、どこか誇らしくもあるんだ。そういう主がいいと望んだのは俺だ。俺だけじゃない、あんたたちもそうだろう。ここにいる刀は、主のそういうところに惹かれて、あいつを主としてるんだろう」
その通りだった。
その言葉のままだった。
山姥切国広の落とした言葉は、広間を波打つ。
大倶利伽羅は、らしくもなく震えた。恐怖からではない。武者震いだ。
主が主である限り、それはどうしたって必然的で覆しようのないことなのかもしれない。
多くを纏める大将としては、相応しくない選択だ。大将を失ってしまっては、その臣下はどうすることもできないのだから。
けれど、男が阿津賀志山に行かなかったとして、そういう選択をしたとして、大倶利伽羅は心底納得できるかと問われれば、素直には頷けなかった。
賢くはない選択だ。大将としては間違った判断だ。
それでも、たった一振りのために動ける主を、大倶利伽羅は信じていた。そういう主だから、信じて、今までついてきた。ともに戦ってきた。
「国永」
呆然と立ち尽くす鶴丸国永の名を呼ぶ。
合った瞳が、らしくもなく不安に揺れていた。
ずいぶん、人間臭くなったものだなぁと思う。
「…山姥切」
「なんだ」
「すまなかった」
謝罪は、たしかにここにいるものの耳に届いた。
「きみの言う通りだ。いや、なんだ。本当に、情けない姿を見せてしまったな」
「あんたの情けない姿なんて見慣れてる。…主に仕置きと称して刀に戻されている時より、大切なもののために怒れるあんたの方が、俺はよっぽど格好いいと思うがな」
「はは、参ったなぁ。それを出されると敵わん」
一件落着。
どこか哀愁漂う雰囲気を纏いつつ、その場は落ち着いた。
誰もが不安に揺れていた。その不安を取り除いたのは、間違いなく山姥切国広だった。
山姥切国広をそんな刀にしたのは、主である男だ。
そのことが誇らしいし、やはり好ましい。
そんな主がした選択なら、もう誰も何もいうまい。
思っていることは皆同じ。
たった一振りのために命をかけられる男を好きになった。そういう主を望み、選んだ。
だから、ああ、初期刀の彼がこういうのだ。後はもう、信じて待つしかない。