第6章 閑話休題:大倶利伽羅
少しして慌ただしい足音と共に現れたのは、乱藤四郎に腕を引かれ走って来た山姥切国広だった。
山姥切国広は広間に来るなり、その異常な雰囲気を感じ取って眉間に皺を寄せた。
「何事だ」
どうやら説明を飛ばして連れてこられたらしい山姥切国広が、声を低くして問うた。
視線は一気に山姥切国広に注がれる。
「主がいない」
責めるような口調でそう言ったのは、蛍丸だった。
「ああ、知っている。あの人は今朝、阿津賀志山へ向かった」
答えた山姥切国広の声は、至って平坦。普段となんら変わりない色を見せた。
その言葉に、広間に漂っていた只ならぬ緊張感は戸惑いに変わった。
山姥切国広の言葉は、いつだって重みがある。
男の意思をいちばんに理解しているもの。男がいちばんに信を置くもの。それは誰もが知るところで、誰もが認めるものだった。
そんな山姥切国広からそう言われては、ただ責めるのも違う気がしてしまう。
鋭かったいくつもの眼光は、なりを潜めた。代わりに、縋るような視線が山姥切国広を刺す。
「お前たちも知っていただろう。本当は分かってたはずだ」
知らないとは言わせない。分からなかったとは言わせない。
山姥切国広の瞳は、強くそう訴えかけていた。
まさにその通りだった。図星だ。
黙るしかない。反論の言葉もない。これで、知らされたものたちを責めるのはお門違いだと気づく。
大倶利伽羅は内心で息を吐いた。
やはり、山姥切国広なのだなと思う。
こういう時、悔しいが自分ではこうはなるまい。ここにいるどんな古株にも、彼のようにはいくまい。
重ねた年月が違う、とか、そんな問題ではないのだ。
主が主である限り、山姥切国広が彼の刀である限り、覆しようのない事実。