第6章 閑話休題:大倶利伽羅
けれど、男は違った。
傷だらけの大倶利伽羅を見るや否や、顔面を蒼白にして、身体を震わせた。
見開かれた瞳に徐々に水の膜が張られ、やがて溢れた。
「おお、く、りから…?」
可哀想なほど震えている声が、自分を見つめる涙に濡れた瞳が。
大倶利伽羅に与えたのは少しの驚愕と、苛立ちだ。
「戻った。敵は無事殲滅。重傷者は俺だけだ。途中で資材を発見。いくつか持って帰ってきた。それは山姥切が片付けている」
どこまでも淡々と、まるで痛みなんて感じさせない声で報告する。
その間にも男の顔は絶望で塗り替えられ、滑稽で醜く、可笑しかった。
何故そんな表情をするのか理解できない。
心底呆れる。鬱陶しい。どうして自分は、こんな男の下に顕現してしまったのか。
左腕の切断面から、血が布を越してぼたぼたと畳に落ちていく。
恐怖のせいか何なのか、ちっとも反応のない男の唇がわななき、誰かの名を紡いだ。
やげん。
その意味を理解する前に、背後から聞こえる静かな声。
「あんまり大将を虐めんでくれ。あんたはいい加減、手入れ部屋に行きな」
やげん。ああ、薬研十四郎を呼んだのか。
首裏に衝撃がはしる直前、見えた薬研十四郎の表情は怒りと呆れが含まれていた。
そして意識は途切れる。