第5章 瑟瑟と
「鶴丸、俺を呼んで」
「………」
「お願いだ、名前で、俺のことを呼んでくれ」
今度は男が顔を歪ませる番だった。
呼んで、鶴丸。俺の名を。お前によばれなきゃ、意味がない。
男は鶴丸国永の着流しの裾を掴んで、下唇を噛んだ。
ぴくり、と彼の指先が動く。
そして、その耳馴染みの良い声で、大切にたいせつに紡がれた。
「海斗」
瞬間、ふわりと男の周りに風が吹く。
ああ、やっと返ってきた。
それは、身体に魂が戻ってくるようなな感覚にも似たものだった。
鶴丸国永に呼ばれてようやく、男のもとに名前が返ってくる。そう、実感できる。
男はふにゃりと顔を緩ませて、目尻から涙がぼろりと落ちるのも放って、ただ、もういちど、と。鶴丸国永に請うた。
「海斗」
あまりに切ない声で、愛しそうに、哀しそうに呼ぶものだから。
鶴丸。
男は口の中で呟いて、たまらず彼にすがった。
ふわりと、鶴丸国永の匂いに包まれる。安心とともに、胸が締め付けられる。
いつだってこの心臓は、鶴丸国永といる時、忙しないのだ。