第5章 瑟瑟と
「なにを考えてる?」
その問いに、男は分かりやすく動揺した。
瞳が水分を含んだまま揺れる。
「まさか阿津賀志山に行こうなんて思ってないだろうな」
「…………っ」
沈黙は肯定だ。
それでも、鶴丸国永は否定の言葉を待った。
静寂が部屋を支配する。
数秒か、あるいは数分か。
どちらも譲らないことに痺れを切らして、男は再び筆をとった。
「おい、」
鶴丸国永が不機嫌な声で男を呼び止める。
しかし男は気にせずに筆を滑らせた。
山川海斗
男が精一杯丁寧に書いたそれは、生まれた時に両親から授かったものだ。
審神者になるまでは、ずっとこの名とともに生きていくのだと思っていた。
両親の願いと想いと愛が詰まった、人生で一度きりの特別なプレゼント。
ただ、知っていてほしかった。
愛した人に、自らの名を。そこに込められた意味を。
張り詰めた緊張感の中で、男は不思議と穏やかな気持ちをもったままだった。
あとは、男が音を添えるだけ。
「山川海斗」
鶴丸国永の顔が、不機嫌なものから泣きそうな顔へと一転する。
「それが、俺の名前」
久しぶりに口にした名は、するりと舌に馴染んだ。
懐かしさとともに、感慨深くなる。