第4章 束の間の休息
「あるじ…」
発せられた声はひしゃげていて、普段の話し方とはかけ離れている。
男を見上げる瞳は泣きすぎたせいか、充血していて瞼も赤く腫れており、それでも尚涙は止まらないようで時折聞こえる鼻を啜る音が痛ましくて愛おしい。
「ん?」
できるだけ優しくと意識して先を促せば、彼はぽろぽろと涙を流しながら、片手で男の着流しのすそをぎゅっと握った。
「あるじ、ごめんね…ごめんなさい」
「うん」
「俺のこと、きらいにならないで。すてないで。……まだ、あいしていて」
拙く紡がれたそれは、男の心臓を鷲掴む。
加州清光は不安なのだ。不安だったのだ、この二日間。
大事な主の敵となり、例え自らの意志ではなくとも男に仇なそうとしたことが何よりもショックで耐え難い事実だった。それと同時に過去のトラウマを鮮明に思い出す原因ともなっていた。
男は加州清光の顔を両手ですっぽりと覆い、自分と目を合わせる。
親指で零れる涙を拭ってやれば、またぶわりと涙を滲ませた。
「きらいになんてならないし、清光を捨てることなんてしない。ちゃんと、…あいしてるよ」
男のそう言う声はどこまでも穏やかで、瞳にはたくさんの慈愛が滲んでいる。それに気づいた加州清光は、布団から飛び出すと男に抱きついた。
「ぅわ」
容赦なく抱きついた加州清光を男は受け止めきれず、畳の上にどさりと倒れこむ。起き上がろうかと一瞬迷って、止めた。
ただ、今は自分の上に乗っかり嗚咽をあげながら泣く加州清光を慰めようと、男は彼が泣き止むまでその背を優しく撫でてやったのだった。