第6章 ❇︎2月 甘い香り【進撃の巨人 リヴァイ】
「兵長」
「…か」
「はい、紅茶を淹れてきました。入ってもよろしいでしょうか」
「…入れ」
扉の向こうにあるのは恐ろしく整頓された空間。
埃一つ落ちてないその部屋は、誰もが憧れ恐れる最強の兵士長の自室である。
椅子に座り何かを考えていたらしい兵長の前にカップを置き、紅茶を注ぐと彼は静かに口をつけた。
「…悪くない」
「ありがとうございます」
淡白な会話。
しかしこれが私には心地よかった。
一般的な恋人のような甘さはないけれど、この人の声音には他の人と話している時とは違うものが混ざっていたから。
その微妙な違いが、私が彼の恋人であることを実感させてくれたから。
満足げにカップを置いた彼を確認すると、その側に小皿を添えた。
そこに乗っているのは数枚のクッキー。
「これは…」
「木の実で作ってみたクッキーです。お口に合うかは分かりませんが」
「何故作った?」
「…ただの気まぐれ、と言っても信じませんよね」
この人に嘘はつけない。
それは彼が人より鋭い瞳を持っているからというのと、私が彼に嘘をつきたくなかったからだった。
リヴァイ兵長もそれを知っているから、静かな視線で私を見つめるだけ。
「今日って、異国の文化でバレンタインというそうです。ご存じでしたか?」
「…いや、知らねぇな。何だそれは」
「大切…いえ、お世話になっている人に贈り物をする日だそうです。そうして日頃の感謝を伝えるのだとか」
大切な人とは言わなかった。
それは嬉しい言葉であると同時に、その人を縛ってしまう言葉だから。
明日の命の保証さえないこの世界、そしてこの調査兵団において、そんな鎖を兵長に与えたくはなかった。
下手すれば彼の重荷となる存在ではいたくなかった。
彼に恋人同士ならよくある甘い態度を要求しなかったのも、その為。
私は、彼の恋人であることに怯えを感じていた。