第4章 ❇︎2月 チョコは甘いとは限らない【うたプリ トキヤ】
トキヤにチョコレートを直接渡すなんて勇気がある。
彼はそういう色事には全く興味を示していない。
だから下手をすればその場で突き返されるのだ。
絶対恋愛禁止令なる我が学園の掟を守って。
机に置くだけなら受け取ってはもらえるし、最悪捨てられても渡した側にはわからない。
そんな安全策を取る人が大勢いたから、教室のチョコの山も高かったのだろう。
それなのに、七海さんは直接、まっすぐに彼に手渡した。
それだけで私は彼女を凄いと思った。
でも、負けるつもりもなかった。
彼女がトキヤを好きでも、私も彼が好きなのだから。
「ありがとうございます…あの、」
「……は、はい!?」
ドアの隙間から中を覗く。
トキヤは七海さんからチョコレートを受け取ると、彼女をまっすぐに見つめて何事か言いかける。
心がざわめいた。
あの彼が、チョコレートを受け取った。
その様子が、いつもと違って見えたから。
しかしそれは、正しく言えば"私といる時のいつものトキヤ"だった。
七海さんといる時の彼はいつもあんなに穏やかな笑みを浮かべているなんて、私は知らなかったのだ。
チョコレートを渡す前の時点で、負けていたことに。
「ここで食べても、良いですか」
「っ?!も、もちろんです!」
慎重に、丁寧に袋を開け、中からチョコを一粒取り出す。
それを口に含み、ゆっくりと咀嚼した彼はやがて優しい声音で言った。
「とても美味しいですね。このチョコレートに、七海さんの気持ちが入っていると分かります…嬉しいです」
その言葉で、私は理解してしまった。
彼は私なんて見えていないことに。
音を立てないように扉を閉める。
そのまま扉にもたれかかると、力が抜けてズルズルとその場に座った。
「…、ははっ…」
手元に用意していた箱が零れ落ちる。
かたりと音を立てたその箱を開けると、少し型の崩れたトリュフチョコが6つ、小さく座っていた。
そのうちの1つを手に取り、口に放り込む。
「…しょっぱいや…っ、」
そのチョコレートの味が、私の頬を伝う雫の存在を教えてくれた。
「…っ、く…ふぇ…」
そう。
甘く作ったチョコレートが、甘いままでいてくれるとは限らないと、教えてくれた。