第20章 赤葦の月1の日のやさしさ
午前8時。
木兎さんに、彼女へのホワイトデーのお返しは何がいいかと相談されていたので、
その用事を片付けるためにすやすや眠る すいれんのおでこにキスを落として出かけたのが 午前8時。
(寝ているときでも物音に敏感なすいれんにしては 俺が隣で身体を起こしても起きないのはめずらしかった)
部屋へと運んでくれる マンションのエレベーターのデジタル表示時刻、只今12時37分。
すいれん、待ちくたびれてるだろうな。
数分前に すいれんからもらったメッセージには、ひょこひょこと壁から顔を出すスタンプが並べられていたから。
鍵をあけて ただいま、と つぶやいたけれど、 いつもの可愛らしい声は聞こえなかった。
今季おろしたての すいれんのパンプスの横に靴を並べて居間に入ると、
『……すぅ……すぅ…』
「え」
今度はソファですやすやと眠りについていた。
「 すいれんサーン」
『ん』
ブランケットもかけないで、
おなか冷やしたらどうするの、 すいれん。
そんな風に思いながら目にかかった前髪を梳くと、
んんん、と すいれんは くぐもった音を喉で響かせる。小さなからだを しならせて ゆるゆると すいれんの瞳が光を灯した。
『あぁ…けいくん、おかえりぃ…』
「ただいま」
『ねちゃってた、…』
とろんとした声は、日中に聞こえる声や、快感に応える声とはまた違ったかわいらしさを感じて、
思わずただいまのキスをしてしまう。 (柄じゃないのは百も承知だ)
詳しく話をすると、どうやら 洗濯機が回りおえるまで 休憩するつもりが、いつのまにか寝てしまっていた様。
ゆるゆる、のっそりのっそりと動く すいれんは、平日の背筋ほど伸びていなかった。
「どしたの、 すいれん?」
『……生理』
「あぁ」
だから、いつもと様子がちがったのか。
「おいで、撫でてあげるから」