第11章 私の独白
「何してるの?」
突然背後から掛けられた声に、私は身体をびくつかせ恐る恐る振り返る。
そこには栗色の髪に翡翠のような瞳を持った背の高い男が立っていた。
男はにこにこと笑いながら私に近付き
「そんなに乗り出したら危ないよ。
川に落ちちゃう。」
そう言いながら私と欄干の間を遮るように入り込んだ。
こんな風に声を掛けられたのは初めての経験で私はどうすれば良いのか分からず、只おどおどと落ち着かない様子で佇んでいた。
「どうしたの?
あ……ねえ、もしかしてお腹空いてる?」
鬼の私は何日間か食事を摂らなくても不自由は無い。
だからこれ迄空腹感など特に感じた事も無かった。
それでも男が手に持っている包みから漂う甘い香りに鼻孔を擽られ、微かに喉を鳴らしてそっと男を見上げた。
「ほら、やっぱりお腹空いてるんだ。
じゃあこれ……君にあげる。」
男は手に持った包みを少し強引に私に手渡した。
「お饅頭。
まだ温かいから美味しいよ。」
確かにほんのりと温かい包みを手にした私はどうするべきか迷い戸惑ってしまう。
「遠慮しなくても良いよ。
土方さん……あ、僕の上役の人に頼まれた御使い物なんだけど
売り切れて買えなかったって言えば良いんだから。」
男は何故か悪戯っぽく、そして楽しそうにくすくすと笑った。
「それにね……」
背の高い男は腰を屈めて、俯いた私の顔を覗き込んで言った。
「どんなに辛い事があったにしても、
お腹が一杯だとそれだけで幸せだって思えるからね。」
その言葉に目を瞬かせ男の顔をじっと見つめる私の頭を、そっと伸ばされた男の手がくしゃりと撫でる。
「もう直に日が暮れる。
暗くならない内に帰るんだよ。
あ……お饅頭、食べてね。」
そう言ってひょいひょいと軽い足取りで歩き去る男の背中を、私はずっとその場に佇んだまま見送った。