第1章 神の手と称される者
“ 救命の世界では奇跡なんて起きない ”
それがこの世界に入って最初に覚えたこと。
元々そんなものは信じてなんかいなかったけど。
それ以上に運命なんて言葉はもっと信じていない。
そんな言葉を軽々しく口にする人間は嫌いだ。
信用出来ない。
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ポカポカとした陽気のせいで気怠い午後のステーション。
パソコンの共有フォルダに入っている電子カルテを整理している。
カルテは患者の状態をこまめに記載する必要がある為、定期的な見直しが必要だ。
「霜月、カルテ整理中悪いな。ちょっと良いか?」
この人が来ると私の最も嫌いな時期がやって来たと実感する。
カルテ整理の手は止めずに目線で続きを促す。
「……まだ仕事残ってるから手短に」
「ありがとう。
今日から救命に配属のフェローだ、今年も霜月に指導医を頼む」
「み、水原紫音です。
先生と会えたこの奇跡に運命を感じます」
会って早々に私の嫌いな言葉を2つも口にした。
この男は医者として信用出来ない。
「よろしくお願いします!」
そう言って握手を求めて手を伸ばして来るけど……。
その行為の必要性が分からない。
ただの時間の無駄でしょう。
「別に宜しくなんてしないから」
握手をすることの意味を見出せない。
何を思って握手を求めるのか、理解出来ない。
それにフェローの指導医を勤めるのは本当に勘弁して欲しい。
「まぁまぁ、そう厳しいこと言うなよ。
水原のことをよろしく頼むぞ?霜月」
困った様に眉を下げて言う青島。
一応、外科部長と言う大層な肩書きを背負っている。
まぁ肩書きなんて所詮現場ではなんの役にも立たないけど。
「毎年のことながらどうして私なの?青島。
指導に適した人間なら他に居るでしょ」
私が椅子に座っているからか、青島を見上げる形になる。
呑気に笑っているその顔を下から睨みつけてもその表情は変わらない。
「おいおい、青島先生だろ?
俺の方が立場や歳も上なんだぞ?」
口調は注意しているが顔や雰囲気にはまるで怒気が感じられない。
人が良いのか腹黒いのか、どちらにしろ掴めない人物に変わりはない。