第1章 序章
この世の中に綺麗な物は一体いくつあるのだろう。
きっとそれは数えるには満たない数でしかなくて、それでも人は馬鹿みたいに嘘で塗り固められたこの世界に綺麗な物を求めているのだ。
そうしていつしかそれに気付いて絶望をする。
なんと面倒臭い生き物だろう。
それでも今日もまた、この街の人々は僅かな希望を探し求めているのだろう。
エンヴィの朝
「――綾。起きて。朝だよ。」
明るい日差しに綾は布団の中で身を丸める。
その様子を見ながら、槙島は苦笑した。
「綾。いつまで寝る気だい?」
優しくベッドの淵に腰掛けてそっと布団を捲れば、綾は仕方なく目を開けた。
「う~。聖護はどうしてそんなに朝が強いのよぉ。」
「健康だからじゃない?僕は君みたいに不健康な生活してないよ。」
「失礼ね。」
そう言いながら、槙島はそっと綾の前髪を掻き揚げて露になった額に口付けた。
「さぁ、起きて。今日は少し出かけたいんだ。」
「ん。」
綾は近くにあったシャツを羽織れば、う~んと大きく背伸びをする。
その様子を槙島は見送れば、彼女が出てもぬけの殻になった布団を直す。
「――そう言えば。そろそろ君の妹は就職じゃなかったっけ?」
パンを頬張っている綾に槙島が言えば、綾は少しだけ顔を顰めた。
「そうだっけ?忘れちゃったわ。」
「酷い姉だね。」
「聖護がそれ言う?――大体、私をこんな風にしたのは誰だっけ?」
どこか拗ねたように綾が言えば、槙島は笑いながら言った。
「さぁ。誰だろうね?」
「――酷い男。」
「それは褒め言葉として取っておくよ。さぁ、そろそろ着替えておいで。置いて行くよ?」
「今日は?」
「そろそろこの退屈な街に刺激を与えようかと思ってね。」
その言葉に、綾は持っていた牛乳を一気に飲み干した。
「3年前と同じように?」
「どうかな。全ては神のみぞ知る事だよ。」
「良く言うわ。全ては貴方の手の内でしょう?」
「――昔、同じ事を言われた気がするよ。常守監視官。」
女の名前は、常守綾と言った。