第5章 【溶けかけの雪だるま日和】夏目貴志
「つまりその貧相な雪だるまはその女との思い出と言うわけか。」
全く、下らんな、そう大きな欠伸をして目を細める先生に、うるさいな!そう不満の声を上げる。
「大体、先生がどうしてもと言うから話したんじゃないか!」
「ふん、長すぎだ、あまりにも長いので、話を聞いている間にこんなに大きな雪像が出来てしまったわ!」
鼻息を荒くする先生の視線の先には、大きな先生の雪像があって、いつの間に!そう驚いて声を上げる。
「私の妖力を持ってすればこの程度、朝飯前の夕飯前の昼飯前なのだ!」
そう得意げな顔をする先生に、それじゃ朝飯後になるじゃないか、そう呟いてため息を落とす。
それから俺の作った雪だるまを眺めてまた璃音さんを思い出す。
あの手紙は彼女の元に届いただろうか・・・そっと雪だるまを撫でる。
彼女の無事を一晩中祈り続けてそのまま眠ってしまったあの日、夜中に何かが頬に触れたのを感じてそっと目を開けた。
そこに見えたのは美しい椿柄の小袖。
ああ、椿神様が、璃音さんを守ってくれる・・・そう安心してまた目を閉じた。
雪が降りしきる中、外で一晩を明かしたけれど、不思議と風邪も引かなくて、これも椿神様が守ってくれたんだなと感謝した。
その後、すぐに次の家に移ることになった。
璃音さんが目覚めるまではいられそうになくて、彼女と一緒に椿を見る約束も守れなくて、せめて一言だけでもお礼がいいたくて、どうしても自分の気持ちを伝えたくて、彼女に手紙を書いた。
でもそれを璃音さんに届ける術がなくて、彼女の部屋や病室に置いても俺を良く思っていないおばさんに捨てられてしまいそうで、椿神社なら彼女が気付いてくれるかもしれないと、雪だるまの中にこっそりそれを隠した。
ちょうど雪だるまが溶けて、一緒に見るはずだった椿の花が咲く頃、璃音さんにその手紙を読んで貰えるように・・・
幸せだった。
色々な土地に移り住んだけれど、ほんの短い期間だけだったけれど、璃音さんと過ごした時間はかけがえのない大切な時間だった。