第5章 【溶けかけの雪だるま日和】夏目貴志
「私が夢の中で嗅いだあの椿の香り・・・椿神様が助けてくれたんですよね・・・?」
私が病院のベッドで眠っている間に季節は進み、目覚めると雪が溶け始める頃になっていた。
病院の先生の許しが出て退院すると直ぐに、まだ駄目よ、そう心配する母に大丈夫と笑顔を向けて椿神様にお礼を言いに来た。
目が覚めると貴志くんは、もうこの街にはいなくて、私を突き飛ばしたのは貴志くんになっていた。
違う!貴志くんは、ブランコから落ちた私を助けてくれたの!そう必死に訴えて、呼び戻して欲しいと頼みこんだけど、その願いは結局叶わなかった。
「椿神様・・・助けてくれてありがとうございます・・・でも、貴志くんとずっと一緒に笑っていたいというお願いも、出来れば叶えて欲しかったよ・・・」
そっと呟いてまた涙を流した。
ふと頬を優しくなでる風をまた感じて、その方向に視線をむける。
そこに見たのは、小さくなった、溶けかけの雪だるま。
雪だるま・・・あの時よりずっと大きいけれど、貴志くんだよね・・・?
それに近づいてそっとその雪だるまに触れる。
そして気が付いた、溶けかけのその胴体から見え隠れしているビニール袋。
不思議に思って崩さないようにそっと引き抜くと、その中にあったのは一通の手紙。
・・・貴志くんから私に・・・?
震える手でその手紙を袋から取り出す。
『キミと過ごしたこの街での生活はとても幸せだったよ、ありがとう。』
たったそれだけの短い手紙は確かに貴志くんの字で、普段から口数の少ない貴志くんらしい文章で、でもその短い文章から彼の優しさが溢れていた。
その手紙をギュッと抱きながら涙を拭う。
ふと顔を上げると、一輪の椿の花が咲いていた。
貴志くん、ありがとう、私も幸せだったよ・・・
私、もう泣かない・・・だから、貴志くんも笑っていて・・・
椿神様、貴志くんに温かい家庭が見つかりますように・・・
貴志くんが、ずっと笑顔で過ごせますように・・・
そっと溶けかけた雪だるまにもう一度触れると、椿神様に貴志くんの幸せを祈って空を仰ぐ。
貴志くん、私、これからもずっと祈り続けるよ。
貴志くんの幸せを、この椿神社から、
ずっと、いつまでも―――