第5章 【溶けかけの雪だるま日和】夏目貴志
「ねえ、貴志くん、ここの神様ってね、椿の神様なんだよ。」
少し気まずさが残る空気の中、璃音さんはそうそっと口を開く。
椿・・・?だからか、境内に沢山の椿の木が植えられているのは・・・
「雪が溶ける頃になるとね、境内の椿がいっぱい咲いて、白い雪に赤い椿の花と濃い緑の葉がよく映えて凄くキレイなの・・・」
そう璃音さんは愛おしそうに境内の椿を見回す。
それは素晴らしい眺めだろうな・・・まだ蕾のそれらが一斉に花開いた様子を想像し、俺も目を細めた。
「ね・・・貴志くん、一緒に椿の花、見ようね・・・?」
「ああ、そうだな・・・」
・・・見れるといいな、一緒に。
この清々しく優しい空間に一斉に花開いた椿の花を、キミと一緒に・・・
「これも約束、だからね・・・?」
そうまたあの日、助けて貰った日と同じように小指を差し出した璃音さんは少し照れくさそうに微笑んでいて、そんな彼女と小指を絡ませながら、沸き起こる不安に気がつかない振りをする。
椿が花開くその日まで、俺はこの地にいられるのだろうか・・・
親戚中を転々とするこの生活は、いつも長くは続かなくて、短ければ数週間で次の土地へと移り住む。
椿神様、お願いです。
どうか璃音さんとの約束を守らせてください。
せめて彼女との約束を守るその日まで、俺をこの土地に住まわせてください。
寄り添いあった雪だるまを眺めながら、こっそり願った。
◆ ◇ ◆
それからまた日常は過ぎていった。
おばさんは相変わらずで、璃音さんはこっそりフォローしてくれた。
神社の神聖な空気に触れるおかげで俺自身の身も清められるらしく、多少のトラブルは尽きなくても、大きな物の怪に襲われることはなかった。
こんな生活がずっと続いて欲しい、そう思うと同時に、いつか終わりがくるその日を考えると不安で胸が苦しかった。