第35章 過去編:名前のない怪物
「寝た子を起こすな。扇島は『秘密』達の揺りかごだ。槙島くんはもう少しあの男の遊びに付き合うらしい。彼には世話になっていてね。悪く思わんでくれ。おやすみ、お姫様。」
そしてまた『秘密』は静かに眠りに付いた。
公安局局長
禾生壌宗 殿
公安局刑事課二係監視官
青柳 璃彩 印
捜査報告書
2110年1月15日(水)に発生した、佐々山光留殺害、死体損壊、遺棄事件(公安局広域重要指定事件102)につきまして、下記申し上げます。
記
事件発生日時:2110年1月15日(水)午前10時。
捜査場所:東京都内全域 神奈川県川崎市扇島
被疑者:不明
捜査事項
1.発生の経緯
2110年1月15日(水)午前10時頃、新宿区新宿二丁目高橋ビル前歩道にて、公安局刑事課執行官佐々山光留の遺体が発見される。
これにより公安局では、捜査本部を設け、本件の捜査を開始。
一連の衆院議員橋田良二殺害死体損壊遺棄事件/少女殺害死体損壊遺棄事件/準日本人アベーレ・アルトロマージ殺害死体損壊遺棄事件を、公安局広域重要指定事件102と定める。
また本件に関連して公安局刑事課一係・日向泉監視官が同日、意識不明の重体で井の頭公園内で発見。薬による中毒症状で意識が混濁していた模様だが、外傷は見当たらず。
色相が危険域まで上昇。公安局刑事課一係・宜野座伸元監視官指示のもと、監視官権限を剥奪。療養の為、奥多摩療養センターへ収監。現在、症状は安定している模様。
そこまで書いてから、刑事課二係青柳監視官は目頭を押さえる。寝不足に目は充血し、思考は曖昧模糊としている。
一連の事件の報告書を、もう何度書き直しただろうか。
『局長命令により被疑者不明のまま捜査本部を解散。それに伴い本件の捜査は』
この一文で、どうしてもタイピングする手が止まる。
『被疑者不明』
そんなはずはないのだ。
確かに、藤間幸三郎はクロだった。
だって確かに自分達は、藤間にドミネーターを向けたのだから。