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ラ・カンパネラ【PSYCHO-PASS】

第35章 過去編:名前のない怪物


まるで毒のように、槙島の言葉は泉の中に侵食して行った。
瞳子の見た事や聞いた事は、十六歳の少女が経験するにはあまりに異様で惨い。
彼女の脳はその恐怖から逃れるため、思考活動の大半を停止させていた。
好奇心赴くままにくるくると動き回っていた彼女の瞳は、すでに何も映さず、ただの黒いガラス玉と化していた。
藤間は、微動だにせず新たな玉座に腰掛ける瞳子の長い髪を右手の指で梳いた。なめらかな黒髪が指の付け根をくすぐるようにサラサラと流れて行くのが心地良い。藤間はその感覚をじっくりと味わうため、瞳を閉じて右手に意識を集中させた。

「先生が生徒に手ェつけちゃ、まずいんじゃねーか?」

突然の声に藤間が部屋の入り口に目を向けると、眉間に深い皺を寄せて佐々山が立っていた。血走った眼は藤間をジッと見据え、ダラリと下げた右手にはドミネーターがしっかりと握られている。

「あれ?ばれちゃったんだ。」

藤間は肩をすくめた。子供がつまみ食いをたしなめられたとき程度の悪びれ方だ。その様子に舌打ちすると、佐々山はドミネーターの銃口を真っ直ぐに藤間へ向ける。

「残念だが、てめーはもう終わりだ。俺が引き金を引けばてめーはうすぎたねぇ肉片まき散らしてこの世から消えんだよ。変態教師の汚名だけ残してな。」

しかし――。

『犯罪係数、アンダー50。執行対象ではありません。トリガーをロックします。』
「――なっ?!」

佐々山は狼狽した。少なくとも藤間が瞳子を誘拐した事は事実なのだ。犯罪者にドミネーターが反応しないなんてことは、八年にわたる刑事人生の中で初めての経験だった。

「こんな時に故障かよ!日向チャンははぐれるしドミネーターは故障とかツイてねぇ!」
「そうだ。日向監視官はどうしたんだい?一緒じゃないのかな?」
「はぁ?なんでお前が日向チャン、気にすんだよ!まさかてめーの標本にするつもりじゃねぇだろうな?」

佐々山が怒声を上げれば、藤間は楽しそうに笑う。

「まさか。彼女は聖護君が大事にしてる人だからね。残念だけど僕は手を出せない。美しい標本になってくれるとは思うけどね。」
「聖護くん、だと?」

それが誰のファーストネームかなんて佐々山には一目瞭然だった。
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