第35章 過去編:名前のない怪物
「任務中にそうなんでもものを拾うな!」
「――そこが気になるのね。」
最早怒る理由は何でも良いであろう慎也に、泉はため息を吐いた。
「じゃあいつ拾うわけ?非番中に?クソ殺風景な官舎の中で?なんかいいもの落ちてるわけぇ?」
佐々山も佐々山でいちいち取り合うものだから、いつまで立っても二人の言い合いは終わらない。いい加減、怒りが頂点に達した泉は叫ぶように二人の間に割って入った。
「うるさいうるさいうるさぁぁい!二人とも!いい加減にして頂戴!私、眠いの!さっさと帰りたいの!OK?!」
叫んだ泉に一瞬佐々山が怯むが、慎也は怯まなかった。
「うるさいのはお前だ。生理か?」
「慎也!サイテー!」
「うわっ。狡噛、サイテー!」
一緒になって非難する佐々山に、慎也は舌打ちをした。
「今夜のお前の勤務態度について、始末書の提出を命じる!」
「えー!!」
「お前自分が何をしたか分かっているのか?!」
「社会奉仕活動?」
その台詞に、慎也はハッと鼻で笑って見せた。
「聞いて呆れる。明らかにイリーガルな数値を叩き出した潜在犯を取り逃がしておいて奉仕だ?」
「女を撃つのは趣味じゃねー!俺は――!」
「俺は女好きが高じて潜在犯落ちした男だぜ、だろ?聞き飽きた。」
台詞を取られてしまえば、佐々山は面白く無さそうに椅子へと座る。
慎也の髪を拭き終わった泉は、自分の髪も拭きながら二人を見る。
「だってよ~。大体なんで今更扇島解体なんだよ。あそこはもう何十年も政府に無かった事にされてるとこじゃねぇか。お陰で俺達が裁き切れない潜在犯も、ある意味監禁状態。そこにいるぶんにゃ害もねぇ。正味な話、公安も扇島には助けられてんだろ?」
佐々山の言い分も一理あると、正直泉は思っていた。
確かに慢性的な人手不足に苦しむ公安局にとって、各所に点在する廃棄区画はあえて触れる必要の無い藪。そこで何が起きようと職務範囲外、公安局含め行政が廃棄区画に対してそう言う扱いをして来たのは事実である。
「それをわざわざ引っ掻き回してあそこにいる連中一網打尽にしたところで、そんだけのキャパ引き受けられる矯正施設なんてあんのかよ。」