第30章 ステイルメイト
――そうして彼女は、決断をする。
「約束して。もうひとりにならないで、苦しまないで、馬鹿にしないで。あたしがいるでしょ。」
『まず第一に貴方のサイコパスを偽造して監視官への復帰を認めます。』
「完全無欠のシステムの言葉とは思えないわね。」
『それだけ貴方の存在価値は高いと言う事です。それともう一つ。執行官の人事権を貴方に委ねましょう。』
「――成程。慎也の命も天秤に掛ける気ね。腹が立つぐらいに駆け引き上手なのね。」
これで完全に泉の拒否権は無くなってしまった。
泉は覚悟を決めるように目を閉じた。
『最後の取引です。日向泉。貴方は我々を受け入れますか?』
「――勘違いしないで。私は決して貴方達を受け入れたりはしない。いつか全てを解き明かしてやるわ。」
『良いでしょう。では我々の利害関係が一致している間、貴方は我々の手駒になって頂きます。』
「ゾッとしないわね。機械の手先が人間だなんて。」
『時代の流れと言うものでしょう。――日向泉。明日付けで監視官への復帰を認めます。藤間幸三郎についての捜査権を二係へ移譲すると共に、一係に残されたデータの削除を行ってください。』
その言葉に、泉はギュッとドミネーターを握った。
「もう一つだけ約束しなさい。」
『――伺いましょう。』
「狡噛慎也に対するモードをパラライザーに固定しなさい。決してエリミネーターへの変化は認めないわ。」
『それは取引としては整合性が取れません。』
「これは取引じゃないわ。命令よ。それを約束しないなら、今すぐ私はこの場で死ぬわよ。手駒がいなくなっても良いの?」
それは賭けだった。
少しの間を置いて、シビュラは答える。
『――承諾しました。』
「約束よ。」
それは真実を知った日。
泉は全てを心の中に閉まって生きる事を決めた。
「――壊せないのなら、守れば良いだけよ。」
それは誓いにも似ていた。