第29章 祝言の日
白い着物に白粉を付けて、紅い紅を引く。
「はい、出来ましたよ。」
その声を合図に綾女はそっと彩られた瞼を開いた。
「――有難う、天霧さん。」
「いいえ。風間?何を黙ってるんです?折角の花嫁姿なんですから何か言ってあげたらどうですか?」
袴姿で立ち尽くしたままの千景に、天霧は呆れたように言う。
後ろから千景を覗き込んで不知火は笑った。
「ダメだって。放心してるよ、風間のやつ。」
「不知火、うるさい。」
ゴン!と綺麗な音が辺りに響く。
「いってぇぇ!!」
「千景ってば!し~ちゃん、大丈夫?」
綾女が心配そうに問えば、不知火は目を潤ませながら頷いた。
「――お前らは出て行け。」
「はいはい。式は一刻程したら始まります。また呼びに来ますから。」
天霧はそう言うと、不知火を連れて部屋を後にした。
部屋に残された綾女は目の前の千景を見上げる。
袴に身を包んだ千景はどこか神々しいまでに完璧で、この人は本当に自分の旦那になるのだろうかと思ってしまった。
「――何だ?」
視線を感じれば、千景は眉根を寄せながら問う。
「え?うん。カッコイイなぁと思って。」
「――お前は。――お前だって綺麗だぞ。」
「え?!もう一回言って!」
滅多に出ない千景の褒め言葉に、綾女は身を乗り出すように言う。
千景は思い切り不服そうに顔を歪めた。
「――馬子にも衣装だと言ったんだ。」
「ひど~い!!それ前にも言われた!――いいもん。今は綺麗って事でしょ!」
「おめでたい頭だな、相変わらず。」
婚前にも関わらずこの色気の無い会話はどうなのだろうか。
千景は一度咳払いをすれば、そっと綾女の頬を撫でた。