第22章 君には笑っていて欲しい、なんていう陳腐な科白
「――あ。綾女さん――、あそこ!」
「え?」
不意に千鶴に名前を呼ばれ、綾女はそちらを向く。
刹那――。
息が止まるかと思った。
「ち――、かげ。」
不機嫌そうにこちらを見ているその赤い目。
怒りは当然なのだけど。
その中に少しだけ優しさが垣間見えたのは、あたしの気のせいなのだろうか。
「――綾女。覚悟しておけ。貴様には言いたいことが山のようにある。」
「ったく、綾女!手間掛けさすんじゃねぇよ。風間の八つ当たりを受ける俺の身にもなれってんだ。」
「不知火、黙れ。」
横から茶々を入れる不知火に、風間が口を挟む。
そのやり取りが懐かしくて、綾女は笑いながら泣いてしまう。
「そんなところでぼさっとするな。さっさと来い。」
近付きながら手を差し出して来る千景に、綾女は躊躇う。
「――綾女。」
躊躇いに気付いたのか、千景の声色に苛立ちが滲む。
「――あたし、は。」
「くだらんことを考えるな。お前は俺のモノだろう?」
躊躇いがちに引っ込めた手を、千景の腕が捉える。
グイッと引き戻された時には、夢にまで見た千景の腕の中だった。
「――ち――、かげ。」
「世話の焼ける。」
口とは裏腹に、抱きとめる腕は優しくて。
綾女は涙が浮かんで来るのを止められなかった。
「千鶴ちゃん!綾女ちゃんも!どこにいるの?」
その時。
不意に沖田の声が響く。
「――ッチ。」
綾女を抱きとめたまま、千景が舌打ちをする。
「早く行って下さい。ここは私が引き付けます。」
「――お前?」
二人を阻むように、千鶴が言う。
「千鶴、さん?」
「私は貴方とは行けません。でも綾女さんは――。貴方の側が幸せなんです。だから早く行って下さい。」
対峙する千景と千鶴に、沖田の声が近くなる。
「早く。気付かれたら面倒事になりますよ?」
「ふん。ここは言う通りにしよう。綾女、しっかり掴まれ。」
刀を納めれば、千景は綾女を抱き上げて飛び上がる。
「――千鶴さん!有難う!」
「また、ね!綾女ちゃん!」
消える間際に、笑った彼女の顔は綺麗だった。