第4章 人形部屋の管理人
ズル、ズル
確実にこちらに近付いている嫌な音。
バクバクと、心臓が胸を突き破って飛び出すんじゃないかと思うほど暴れ出す。
すぐ後ろの部屋にはシロノがいるのに、私は声を出すことも足を動かすことも出来ず、ただ廊下の奥に広がる闇から目を離せずにいた。
落ち着け、落ち着け。
そう自分に言い聞かせても、やっぱり体は言う事を聞いてくれない。
結局、どうしようという言葉が思考を埋め尽くしてしまい、私はぎゅっと目を瞑った。
すると。
――――カツン
「………?」
ズルズルという音の中に、カツンと靴音の様なものが混じって聞こえてきた。
あの音が本当に靴音だとすると、人である可能性が高い。
このズルズルという不快な音を除けば、少しは安心したかもしれないが、無情にも引きづる音は消えてはくれない。
廊下に響く音は、どんどんこちらに近付いてくる。
そしてついに、それは私の前に来て止まった。
怖くて目が開けられなかった。
ああ、私はここで殺されるかもしれない…。
次に来るであろう痛みを想像して、祈るように万年筆をまた強く握った。
「…っ?」
しかし、いつまで経っても覚悟していた痛みは襲って来ない。
な、なんでだろう?もしかしてもういなくなったとか…?
そんな淡い期待を抱いて、恐る恐る目を開けていくと、まず黒い靴が見えた。
この時点で全身の血が引いていくのがわかる。
わかりきっていた事だとしても、やっぱりいてほしくはなかった。
首がギギギと、嫌な音を立ててるんじゃないかと思うような動きでその靴から視線を上げると、黒い軍服のような服を纏った男の人が立っていた。
身長はシロノよりある190近い長身で、紫色の前髪から覗く同じ色の瞳は、被っている帽子のせいで少し影が落とされていた。
そして、その左手には血塗れの人……の形をした何か。多分。
あの音はこれを引きずってきた音だろう。
その“人”は後ろから襟を掴まれた状態でいるので顔まではわからず、人なのか人形なのかわからないが、恐らく人形である事を信じたい。