第8章 >>6.5 小噺な件
少し時間を巻き戻した場所。
知る人ぞ知る、高級料亭《悪戯子猫》のスタッフルームで気だるそうに1人の男、孤爪研磨が深い溜息を吐いた。
彼の前にはパソコンと、先日強引に渡された札束があった。
先ほど川西と言う男が持ってきたパソコン。
それと睨み合いを続けてどれ程時間がたっただろうか。
パソコンの中に記憶されていたのは、元の持ち主が必死で調べたであろう《キチィ》についての事ばかり。
それと同時に気になるファイルが目に付く。
《三原色計画》と書かれたそれは、開くと同時に自動削除されてしまった。
「…面倒臭い事するね。」
誰に言うのでもなくそう呟いて、孤爪は予め調べられていた《キチィ》の情報と、自分が新たに調べた情報を照らして一つの答えにたどり着く。
「割と近くに居るんだ…。」
住所さえわかれば、後は名義を調べて、出身校や地元を見つける。
気が遠くなりそうな作業、疲れる作業。
それをこんな短時間で出来たのも奇跡だ。
しかしこのパソコンの持ち主がこれ程《キチィ》に執着したのか、理解に苦しんだ。
孤爪は、ポケットに入っていた少し溶けかけたチョコレートを口に含み、再び深い溜息を吐いた。
少し開けた窓からは、それはもう鼻を塞ぎたくなるような下水の臭いがした。
冬の妙な空気が、胸を撫でる度孤爪はこれから起こる出来事を、察したかの様に不安に襲われた。
夜が明けるまでもう少し時間がある。
このまま夜が明けないような、そんな気さえした。