第17章 ジューンブライド ~クリスタルウェディング~
3月。
『早瀬さん、どうかしましたか?』
武田さんは、私に悩みがあることに
すぐ、気付いてくれた。
『仕事が…』
4月から、違うシフトのグループに
異動するように言われたのだ。
夜勤が、ある。
高校の先生をしている武田さんとは
夜は、一緒に過ごせる貴重な時間なのに…
『早瀬さん、仕事、続けたいですか?
続けたいなら、夜勤があったって
僕は構いませんよ。』
…別に、
この仕事に未練は、ない。ゼンゼン。
生活していくための収入の手段でしかないから。
『そうですか。じゃ、結婚しましょう。』
武田さんは、そう言った。
耳を疑うほど、自然に。
『え?』
『贅沢はさせてあげられないですけど…
少なくとも生活の心配はしなくていいですから。
やりたいこと、ゆっくり探してください。』
『そんな、簡単に…』
『簡単に、じゃないですよ。
ずっと、いつだろう、って待ってました。』
『なにを?』
『タイミング、です。
"人生でつかむべきものは、
バランスとタイミング"だそうですから。』
『…それは、誰の言葉?』
『奥貫アキラ。』
『…誰?』
『ネットで、ちまちま小説書いてる人。』
『知らない…』
『僕も、よく知らない人ですけど(笑)
でも、僕たちの結婚のタイミングは
今に違いないですよ、きっと。』
…私、結婚して大丈夫なんだろうか?
割とヒドイ家庭に育ってる。
"笑顔が溢れるあたたかな家族"を
思い描けない私が、
立派な妻になれるだろうか?
子供を愛せるんだろうか?
そんな恐れを
ちゃんと見抜いてる武田さん。
『もしかして、
“立派な妻や母になれないかも”とか考えてます?』
…考えてますよ…
『あなたが思う"立派な妻や母"が
どんな人なのかわからないけど…
僕は、目の前の早瀬さんと結婚したいんです。』
身構えすぎて
ウニのようにトゲトゲになりかかっていた
私の心を溶かす、
温かな言葉。
『家族になるんですよ?
一人で頑張らないで下さい。
一緒に笑ったり泣いたり悩んだりしながら
生きていきましょう。
…大丈夫。
あなたには僕がいるし、
僕には、あなたがいる。』
いつもの夕食時のテーブル。
そんな、あまりにも普通の風景の中で。
これが、
武田さんからのプロポーズだった。