第17章 ジューンブライド ~クリスタルウェディング~
『そろそろ帰りましょうか。送ります。』
ファミレスデートだけど、
武田さんの態度はとても紳士だった。
日付が変わる少し前に
帰ろう、と切り出してくれ、
私がトイレに行ってる間に
支払いを済ませ、
出入り口ではさりげなく
ドアを押さえていてくれる。
『私、自分の分、払います!』と
心から言ったのに
(今までの彼達には、
言っても払う気はなかった 笑)
『今日は、
本と靴下を預かってて頂いたお礼で、
僕に払わせてください。』
と、ご馳走してくれた。
『…とても楽しくておいしかったです。
ごちそうさまでした。』
心からそうお礼を言う。
帰りの道のりは、
うちまで車で10分ほど。
…近すぎる、なぁ。
紳士な武田さんが
うん、と言うわけないのだけど、
名残惜しくて、一応、誘ってみた。
『あがって、コーヒーでも
飲んで行かれませんか?』
メガネを上げながら、
アハハ、と笑う。
『もうドリンクバーで満足しました。
それに…一度に何もかも知ってしまったら
楽しみが減ってしまいますからね。
またいつか、誘ってください。』
…今までの"肉食女子"な私なら
『つまんない男!』
と噛みついただろう。
だけど、武田さんに言われると
『そうですね、それがいいですね。』
…と牙をおさめて納得してしまうのだ。
まるで、猛獣使いのような(笑)武田さん。
『おやすみなさい。』
『お気を付けて。』
パワーウィンドウが閉まりかけた瞬間、
思わず、声をかける。
『あ、あの!』
『何か、忘れ物ですか?』
『はい。』
『え?あ、傘かな?』
車の中をキョロキョロ見る姿が、かわいい。
『傘は、ここにあります。』
『じゃ、何ですか?』
『次に会う約束を、し忘れました。』
『(笑)そうでしたね、じゃあ、』
武田さんのメガネの奥の目が、
また三日月型にしなる。
『また、コインランドリーで会ったら。』
言うと思った。
そんな不確定な約束、しないのと一緒!
…と思ったけど、
あえて はい、と返事する。
ゆっくり、を楽しむ恋なんて、
今までしたことないから。
…身体の関係まで持っていくには
相当な忍耐力が必要そうだけど…
そこは、
駆け引きを楽しむ気持ちで。
悔しいけど今は明らかに、
私の方が、惚れてるからね…