第17章 ジューンブライド ~クリスタルウェディング~
『なかなか情熱的な話。
あなたのイメージと違うから、少し驚きました。
…何か、そういった欲望でも
抱えていらっしゃるのかと。』
欲望、という言葉に、
彼はどう反応するだろう?
『へぇ、そうでしたか~。』
ペラペラとページをめくる彼。
『そんな話なのか~。
僕、まだ学生運動のあたりまでしか
読んでないもので。』
拍子抜け、する。
あらすじ、知らないで買ったの?
その作者の作品、いつも濃厚な
男女の絡みのシーンがあるじゃない…
それも、知らないで?
『僕、この人の本読むの、初めてで。
ほら、タイトルがインパクトあったから
それで買ったんです。ジャケ買い、的な。』
…純然たる、草食系?
もしかして、まだ、女性、未経験とか?
そんなことを考えていた私に、
思いもよらない言葉がかけられた。
『それより、恋でもされましたか?』
え?
なんで、恋?
『なんだか今日は、誰かに会う為のような
服装や顔つきに見えたものですから。』
…誰かに会うため?
会いたい人のために、自分を装う。
それを恋だと表現するのなら…
確かに私は、
あなたに会うために、自分を装った。
まだ、名前も知らない、
あなたに会うために。
これは、恋、なの?
認めきれず、言葉を選べない私に向かって、
彼はさらに言う。
『この間は、とても疲れた顔でしたもんね。
身内の方でも亡くされたのかと思ってました。』
誰も亡くなってない、けど。
心の中で一人、葬ったとこでした…
と、言いたかった。でも、言えなかった。
だってまだ、
この人の名前も、知らないから。
…イヤだ。
この人、優しい顔して、
私の心の隙間に入ってくる。
私のお気に入りの場所の
お気に入りの椅子に座ってたみたいに。
わかったような顔、しないで。
何も知らないくせに。
心にギラリと刃が光る。
そうだ、私はこの人を誘惑するんだ。
君は、棄てられるような女じゃない、
男から見て魅力的だ、と言わせるために。
『あの、』
髪を、ほどく。
フワッと揺らして香りを放つ。
『今夜、お暇でしたら…飲みに行きませんか?』
彼は、驚きも慌ても喜びもせず、
穏やかに答えた。
『今日は、やめておきましょう。』
『どうして?』
『…本来のあなたではないようですから。』
だからこの人、
な ん な の よ !