第17章 ジューンブライド ~クリスタルウェディング~
『次にあったら彼を誘惑してみよう』
と決めた翌日から、
私はコインランドリーに行くとき、
身なりに気を使うようになった。
少し肌の見える服。
うっすらとした化粧。
髪の毛も、きちんと巻いて。
…もちろん、下着も手は抜かない。
下心が見えすぎないように。
だけど、
女としての魅力は感じるように。
そうやって、妙に小綺麗にして
コインランドリーに行き始めてから
一週間後の夜。
今日も、ここは静かだ。
彼は…来ていない。
自分の行動に少し罪悪感を抱く。
ここは、洗濯をする場所。
私のお気に入りの場所でもある。
そこで、彼を誘惑しようだなんて…
私こそ、バカな女、だ。
人のこと、アレコレ言えたザマじゃない。
巻いた髪がジャマだ。
グッと後ろでひとつ結びにして、
いつもの椅子に座り、
いつも通り、本を読み始めた。
…間もなく、後悔する。
なんでこんな本、持ってきちゃったんだろ。
ある話の主人公が自分にダブって見えて
つい、涙が出てしまう。
そこに、ツ、とポケットティッシュが
差し出された。
『どうぞ、使ってください。』
驚いて顔をあげると…
あの、彼だった。
メガネの奥の目が、想像以上に優しい。
しまった、油断した…
せっかく巻いた髪も結んでるし、
何より、無防備な泣き顔を見られた。
こっちから誘惑するつもりだったのに…
これから、形勢を建て直せるだろうか?
彼がコインを投入して
スタートボタンを押すのを見届けてから
話しかける。
『この間、忘れ物、されませんでしたか?』
『あ!もしかして?!』
『はい、お会いしたら渡そうと思って…』
小さな紙袋に入れた靴下と本を手渡す。
『よかった~!靴下はともかく、本!』
とても嬉しそうに、
本を取り出してめくっている。
『あれ、もしかして、読まれましたか?』
…なんで、ばれたんだろ?
そう思った心の声が聞こえたように
彼は言った。
『かまわないんですよ。
ただ、まだ僕が読んでないとこまで
開き癖がついてるから。』
う…夢中で読んだから、
つい大きく開いてしまい、
開き癖がついたらしい。
『ごめんなさい、
タイトルがあまりに興味深くて、つい…』
『いいんですよ。で、どうでした?』
…うん、理想的な流れだ。
できるだけ無邪気に、答える。
下心なんか、微塵もないように。