第17章 ジューンブライド ~クリスタルウェディング~
帰りついて早々、
洗濯物を片付けるのもそっちのけで
あの本のページをめくってしまった。
…名前をよく聞く、人気女流作家の本。
内容を簡単に言うならば
"若者たちの革命"
"甘美な肉体の交わり"
"時を経ての外国での男女の再会"
正直、
私に共感できるものではなかったけど、
あの草食なイメージの彼が
この本を読んでいる、という驚きが
新鮮だった。
ああ見えて、
ベッドの上では変身するタイプ?
…俄然、彼に興味がわいてしまう、
渇いた心の私。
しょせん男は、裸の女を前にすれば
不誠実が当たり前。
それならこちらも最初から、
真剣な愛なんて求めない方がいい。
…いや、誠実そうな彼だからこそ。
"あんな草食系でも不誠実なんだ、
だから、私を棄てたあの男は、
もっと不誠実で当たり前"と
思わせてほしい。
そんな薄汚れた発想を、この本に託す。
本と靴下を返すとき、
彼を、誘惑してみよう。
誠実の仮面をひっぱがして、
男はこんなもんだ、と確認しよう。
…ヒドイ女だ、私。
でも、男に浮気されて失恋した女なんて、
多かれ少なかれ、そんなもんじゃない?
じゃないと、みじめすぎる。
私が価値のない女だからじゃない。
男はみんなそうなんだ、と。
どこかで心にケリをつけなければ、
新しい恋なんて、できない。
それじゃ、
前の彼を引きずってるみたいで
カッコ悪すぎる。
…そんなことを考えていた、あの頃の私。
今、思い出してもゾッとする。
一鉄さんとの出会いは、人生最悪の時だった。
あのときで、よかった。
でなければ私はいつまでも、男性に、
見てくれの良さや財力だけを求める
アホな女のままだったに違いない。
くせ毛にメガネにジャージ、という外見も
公立高校の新米教師といういたって普通の財力も
それまでの私なら、絶対にパスしてた。
一鉄さんの清らかさと誠実さと責任感は
ズルズルと堕ちていきそうな私を、
ギュッと引き上げてくれた…