第17章 ジューンブライド ~クリスタルウェディング~
『あの、急いでるんですか?』
『…僕、ですか? 』
他に、人、いないし。
『僕、みたいですね。
いや、急いでないですけど?』
『あの、それじゃ、少したたみながら
かごにいれた方がいいと思いますよ。
じゃないと、あったかい洗濯物、
すぐにシワがついちゃって二度手間です。』
私の言葉を聞いて
てんこ盛りの自分の洗濯かごを
見下ろしたその人。
『…そうなんですね、
僕、独り暮らし始めたばかりで…』
相変わらず静かなコインランドリー。
その人は、私の真似をするように
鈍く銀色に光る台に
乾いたばかりの洗濯物を広げた。
二人でならんで洗濯物をたたむ。
二人とも、何も話さない。
私は、
何を話していいかわからなかったから。
でも、その人は違うようだ。
唇を尖らせるほど真剣に
洗濯物をたたんでいて
今、この不自然に静かな空間にすら、
多分、気づいてない。
…やっぱり、不器用な人なんだろうな。
そしてやっぱり、誠実な人のはず。
その"草食"な感じに少しイラッとする私は
多分、相当、心がすさんでる。
それを自覚させられることに、
さらにイラッとする。
大好きなコインランドリーで、
私の心を勝手に泡立たせないでよね…
理不尽なイライラを心に抱きながら
いつもより丁寧に洗濯物をたたんだ。
間もなく、隣から
"フ~ッ"という吐息。
『教えて頂いてありがとうございました。
では、お先に。』
彼は、
メガネの奥の目を三日月形にしならせて
洗濯かごを抱えて出ていった。
…いつもの空間に戻ったコインランドリー。
やっと落ち着いて私も洗濯物をたたみ終え、
さぁ、帰ろうと思ったとき、
気づいてしまった。
隣の台の下にコロンと、黒い固まり。
…靴下。あの人のに違いない。
無視しよう、と思ったのに…
あの席に、本が、ある。
何を読んでいたのか、実は興味があった。
誰もいないのを確認して、手にとる。
…まず、タイトルに惹かれる。
さらに
パラパラとめくって目についた言葉が
さっきのあの人と
あまりに結び付かないことにも
興味を持ってしまった。
…靴下もあるし。
次、会うときに渡してあげよう。
コインランドリーの入り口には
"忘れ物BOX"もあるんだけど。
私は敢えてそれを知らないことにして
家に持ち帰った。
名前も知らない彼の、靴下と、本。