第16章 指輪
翌日。
午前中の配達を急いで終わらせて、
街に出掛けた。
帰りに、シマダマートにも寄った。
料理ってほどのことではないけど
肉や野菜を切るだけ切って、
簡単な鍋の準備をする。
…アキ姉が帰ってくる日だから。
離れに、電気をつけて待つ。
時計の針が進むのがやけに遅い。
…早く、会いたい。
門の外に出てみると、
間もなく夕暮れという時間帯。
見慣れた風景に
小さな影があちこちで動く。
手を繋いで家へと急ぐ小学生。
重そうな鞄を抱えてダラダラ歩く中学生。
遠くの畦道を自転車で帰る高校生。
どのシルエットも、
この街で育った俺とアキ姉の姿に見える。
思えば、生まれてからずっと
庭1つ隔てた隣にいた。
あまりに近くにいたから、
どれだけ大事な存在か考えたことがなかった。
たくさんぶつかりあって、
たくさん傷つけ、傷付いてきた。
それでやっと、
お互いにしかわからない光を
そこに見つけることが出来た。
今なら、その大切さがよくわかる。
門に寄りかかって、三本目のタバコを吸う。
待つよ、いつまでも。
あの言葉を、言うために。
…駅から続く道に、シルエットが見えてきた。
顔は、見えない。
でも、見間違えることはない。
俺にはそこだけ、光輝いて見えるから。
シルエットが、手を降る。
『ただいま~っ!』
タバコを消して、小さく手をあげる。
駆け寄ってくる姿が、愛しい。
やっと、顔が見えてきた。
心を込めて言う。
『おかえり。』
…おかえり、俺の、大事な人。
『あぁ、帰って来た!待っててくれたの?』
『おぅ。…気持ち、カタ、ついたか?』
『うん。もう、大丈夫。
心配してくれて、ありがとう。』
よかった。
アキ姉の旅行鞄を受け取って…
あいたその手に
昼間、買ったばかりの
小さな輪っかを握らせる。
…息をのむアキ姉。
『アキ姉、』
アキ姉が、
信じられない、という顔で
こっちを見る。
『俺と、結婚、してくんねーか?』
…返事は、なかった。
でも、いい。
泣きながら抱きついてきたアキ姉は
何度も何度も、頷いてくれたから。
やっと手に入れた。
俺の、庭先の、ダイヤモンド。
涙が、その光に輝きを添えてくれて…
世界一の宝物に見えた。